このひとこまがくりでんファンとなった・・・

 僕は小さいときから鉄道好きであった。栗原電鉄の出会いは・・・中学2年生時代に図書館から借りてきた鉄道の車両本、保育社:私鉄の車両6 西武鉄道であった。ちなみ埼玉県の北部、秩父市生まれで秩父育ち、寄居に越して過ごすが、現在は東京へ越して今に至る。生まれ里には西武鉄道と秩父鉄道が主だったため西武鉄道に興味があって、その本を借りてきた。今、この掲載したページのように“思い出の車両”最初ページに栗原電鉄へ写った元西武371形(栗原電鉄M17形)シーン、脇側に元東武鉄道ED611、栗原電鉄ED351機関車が写っていた。それが栗原電鉄にとって出会いだった。その一こまがなぜかすごく忘れられなかった。
  その後栗原電鉄M181が元西武鉄道(武蔵野鉄道)とわかったため、M181形について調べていく連れにますます栗原電鉄全体に愛着が沸いてきた以来、現在僕は鉄道のうち栗原電鉄は大ファンなった。
 しかしまだ一人旅行の満足できないのうえ遠いのためのか、栗原電鉄車両になかなか乗れずに栗原電鉄からくりはら田園鉄道へ転換してしまったということが非常に残念だった。が、幸いに栗原電鉄車両が残っていたおかげで僕の夢が叶うことが出来た。こうして1995年7月頃にくりはら田園鉄道へ訪問し、ついに念願に乗車することが出来た。おまけに今まで写真ばかり見てきたが、生で元栗原電鉄車両を見ることが出来てすごく感激した。
 なおくりでんのトップページの写真、“新旧交代の夏”は初めて訪れたさいに、若柳駅で石越行きの電車を待っていたとき、車庫から出庫したKD95が、M15形、M181形の間に偶然停まったことで、それを見た並びシーンが栗電車両とくり田車両の新旧顔合わせシーンが実現したため、新旧交代シーンという一こまが出来たのでさっそく納めたことであった。
 くりでんの出会いのもう一つがある。それはM182,M183である!!
 1995年7月に訪れた時に初めてであったのではなく、4年前にすで出会ってた。
 これは忘れもなく、1991年8月の夏休み間、家族で北海道旅行から帰り(1991年8月22日頃)、“特急北斗星”で家へ帰る途中、福島駅で停車したときに、JRと福島交通の中継線か、側線で元福島交通5300形2両が待機して、送り先へ送るため、迎えにやってきたED75機関車がすでに到着しており、そろそろ連結しかかるところを見かけた。それが初めて栗原電鉄車両にとって出会いだった。
 ので自分は栗原電鉄にとっては見えない赤い糸で結ばれているじゃあないかとおもっていました。
 しかし、いきなり急な出来事だったし、偶然すぎたので写真に納められなかったのが残念だった。
 当時にはまったく情報あったが知らなかったため、どこへ送られるのかと興味心はあった。こうして栗原電鉄へ売却されていたとわかりました。